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元々、小さい頃は絵描きになりたかったという村木社長。しかし、高校の時に、男なら理系だろうと思い、理系の道へ進む。その後、関東にある大学の薬学部に進学し、ラグビー部に入部。「授業後は夜おそくまで、試験期間中にも練習があるぐらい厳しい部活だった」と話す。このような環境のため、部員の中には留年する学生が多くいた。しかし、「一度やったことはやりきる」という考えを持つ村木社長は、部活動だけでなく、勉強にも真剣に取り組んだ。

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大学卒業後は、薬局を開業する夢を胸に製薬メーカーに就職し、営業マンとしての道を歩む。製薬メーカーの営業は、約30社の同業者との競争であり、医師の方々といかに上手く人間関係を構築し、自社製品を購入してもらうかが重要になる。「当時は、医師の方と良い関係を築くために、彼らの家に早朝から出向き、庭の手入れや車出しをした。飲食のお付き合いはもちろん、奥さんが欲しいものを察して、プレゼントするなど、仕事と関係ないことばかりだった」と語る。しかし、ここでの経験を通じて、有益なお金の使い方を学んだり、相手のニーズを読む力を鍛えるなど様々なことを学ぶことができた。さらに、15年間の営業で築いた医師の方との人間関係から、開業の機会を掴むことになる。

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知り合いの医師から薬局をやらないかと打診をされ、働きながら念願の薬局を開業。その後、3店舗目を開業した際に、ビジネスの存続に確信を感じ、会社を退社する。その後、世の中が地域住民、障がい者、子供など弱い立場の人たちの視点ではないことに疑問をもち、平成14年に弱い立場の人たちが住みやすい街を作るために市議会議員になる。さらに、知的障がい者の自立と社会経済活動への参加を促進するために必要な支援を行うことにより、社会福祉に寄与することを目的としたオレンジナンバーを設立。さらに、各種スポーツ競技大会の開催に係わる事業を行い、スポーツの振興を図るとともに各種スポーツを通じて青少年の健全育成を図り、公益に貢献することを目的した吉備スポーツ王国などのNPO法人を設立。

「世の中にはまだまだ改善できる点がたくさんあるはず。今後も、社会のニーズをキャッチし、世の中を良くしたい」

と、これからの意気込みを熱く語った。

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