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「総社市内に山陽、朝日、日経などの新聞を届けているのは有限会社電英販新であり、この会社を現在率いているのは2代目の加藤社長である。」

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大学卒業後、プロゴルファーになりたいという思いで、総社出身のプロフゴルファーに弟子入りし、師匠に、「やるなら期間を区切って全力でやった方が良い。」と助言され、2年間でプロゴルファーになることを決意する。ゴルフ場で働きながら、2年間一生懸命に練習をしたが、夢が叶うことはなかった。その後、ゴルフ場に来ていた枕を製造している会社の社長さんとの縁があり、大阪の枕製造卸会社に入社をすることになる。そこでは、ダイエーやイトーヨーカ堂に枕や枕カバーを卸したり、バイヤーとの交渉を行っていた。ある時、父親が病気で、見舞いをするために総社に戻った。その際、父親が経営していた新聞販売店を覗いてみると従業員にはやる気がなく、現場がひどい状態になっていることに気づく。会社を立て直すかどうか悩み、枕製造会社の社長に相談をしたところ、「立て直してきなさい。立て直しができたら再雇用をしてあげる」と言われ、立て直しを決意する。

kato2新聞配達の仕事は朝2時頃からの早朝の作業から始まり、配達、折込み、集金、事務所などの作業があるのだが、加藤社長は全ての仕事をこなした。経営者が一番働かないと従業員に示しがつかない。さらに、現場で働くことで従業員の気持ちを分かる必要もあるということで、一日平均睡眠3時間、これ以上出来ないという程働いた。印象的なお話として、寝る時間がなかったので、遠出の集金でお客さんが自宅にいない時は、目覚まし時計をセットし、人通りが少ないところで、寝ながらお客さんを待った経験もあると語っていた。必死で働き始めてから3年、現場環境も良くなってきた時に父が復帰する。その際には、現在の仕事を将来続けたいという強い思いはなく、岡山市内の人材派遣会社に入社し、そこで約3年間働いた。しかし、父の体調が再び悪化し、見舞いに行った折りに、父の仕事を引き継ぐことを決心する。

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お客さんから一番の信頼を得て、新聞社からも一番頼られる販売店になることを目標に、社長自ら、岡山県で一番の経営者になり、それぞれの従業員の方には岡山県で一番の配達、事務員など全ての面でナンバーワンを目指してもらう。実際に、営業のコンクールでは一番の賞を獲得、事務の対応も素晴らしいと言われるようになった。加藤社長自身も、自社の社員が岡山県でナンバーワンだと強く感じている。

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地域に元気がなければ、そこにある商工業が成り立たないと考える加藤社長は商工会議所活動、PTA、ロータリークラブ、民生委員など地域活動を通じて、地域の活性化に取り組んでいる。「今後は、仕事だけではなく、地域活動や子育てにも力を入れたい」と熱く語っていた。

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