kasai kasai1

香西さんの両親は農家であり、主に稲や桃を生産していた。小学校・中学校の時は田植えや稲刈り時期になると学校が休みになり、親の手伝いをしていたという。高校卒業後は、県外の大学で化学の勉強を始める。その後、客商売を経験したいという思いから、自ら家を借り、岡山市内で喫茶店を5年間営んだ。そのころ、メディアで有機農業が取り上げられるようになり、興味を持ち始めた。さらに、優雅な生活を送っている有機農業者のお客さんの姿を見たり、生産も意外と難しくないという話を聞き、有機農業を始めることにする。

kasai2

30代で始めた有機農業だが、稲作中心の農家だったので、水田は1ha程度あったのですが、野菜を栽培できる畑を所有していなかったので、現在地の知り合いを通じて、ぶどう作りをしていた農家の、ぶどう生産を止めた圃場があり、「ぶどうの木を処分する」という条件で、畑を貸りることができた。はじめは、様々な種類の野菜を栽培していたが、作業効率を高めるため、人参、大根、ゴボウ、玉ねぎに品目を絞った。その後、機械化が進み、生産効率の最も高い人参一本に絞ることで、順調に生産量を拡大していった。2008年は今まで一番の豊作であり、その収益で現在の作業場を立てることに、ただし、「豊作になるかどうかは、天候の影響が大きい」と、香西さんは話す。ニンジンは、発芽するまでにはある程度の水分が必要であるが、成長が進むと、その必要はなくなってくる。香西さん曰く、「ニンジンは元々アフガニスタンに生息をしていたので、湿気には強くない。晴れの日が多い岡山県とニンジンは相性が抜群」なのだそうだ。現在は、国内の有機ニンジンの約2.4%、岡山県内では、「有機野菜」の約30%を生産するまでに成長を遂げた。生産を「ニンジン」だけに絞ると、「天候いうリスクを抱え込む」ことは、了解していたが、5年単位で見てみると、「天候いうリスク」は、さほど大きな問題では無いことが解り、販売面で有利な「有機ニンジン」を選択したことは、適切だったと考えています。当時は、周りの人からは「馬でも飼うのか」と、言われましたが、今となっては「笑い話」として、いい思い出のひとつとなっています。当時は「有機ニンジン」の用途の多様性を、ほとんど考えていませんでした。「有機野菜」の中で「有機ニンジン」の流通量は、トップです。結果的には、「最善の選択」だったようです。私どもの「有機ニンジン」は、その大半を「有機野菜の集荷業者」に、出荷していますので、「集荷業者」の方々が、「売りやすい」と言われることが、最大の「喜び」です。

kasai3

農業は、継続することが重要な職業の一つだと考えています。そのためには、主たる生産品目を「ベーシックな品目」に、すべきと考えています。新規就農者の大半の人たちが「選択している品目」は、「単価の高い品目」が、多いようです。「単価の高い安い」と、「収益の多い少ない」は、一致しません。販売が安定している品目は、収益も安定しているようです。継続のためには、「収益の安定」が重要と考えています。

interviewer_yonekura