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創業は昭和28年である。現在の工場は、昭和62年に設立された東総社金属工場団地内にある。垪和会長の父が戦争時に軍需工場で働いた経験を活かして、アルミや銅合金などを使用した鍋など、生活に欠かせない生活用品の製造を始めたのが創業のきっかけである。そして、現在のこの会社の舵取りを行っているのが垪和会長である。垪和会長は大学卒業後、県内の銀行に勤めることになる。当時、世間では「銀行で一流のセールスが出来れば、どこに行っても通用する。」と言われた。銀行で扱う商品はお金であり、どこの銀行も同じような商品を取り扱っている。つまり、顧客が購入したり取引するものは、銀行の商品ではなく、セールスマンの思いや人柄を購入するのである。そこで良いセールスマンになれば、どこで働いても通用するのである。「銀行時代は、計算が合わず銀行に残り、翌日の朝まで業務をしたこともあった。」と話す。

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銀行に約5年勤めた頃、新たにダイカスト事業を始めるということで、現在の会社に入社することを決意する。初めは現場で働き、少し仕事を覚えた頃創業者である父が他界し、銀行での経験を活かして管理の仕事に就くことになる。営業では、既存の顧客が求める製品を製造できるかどうかの判断や顧客のニーズを製造者に伝え、理想の製品の製造に関わることをしていたと言う。「顧客には何度も改善を要求される方もいたが、彼らの要求に100%応えることで信頼を築くことが出来た。その努力のおかげで、既存のお客様から新規のお客様の紹介が多い。」と話す。

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父の後を引継ぎ、10年間社長を務めてきた垪和会長の母のバトンが30代後半で渡される。垪和社長の新しい取り組みとして、インドネシア人研修生の受入れを始めた。ある会社でインドネシアの人たちがとても明るく真面目に働いている姿を見て、海外の人材を取り入れることを決意。現在は数名のインドネシアの人たちが実習をしている。「彼らは明るく、やる気に溢れている。元々平均年齢が50代後半だった会社が、今では40才以下にまで下がった。2年前に義兄に社長を任せ、今後は研修を終えインドネシアに帰った元実習生達を集めて現地での起業を頭の隅に置いている。今後は、太陽光発電事業にも取り組み、2年後には後継者に事業を継承すべく準備を進めているところである。「細く長く。そして、継続して事業ができることが一番重要である。」と語る。

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