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現代風の外観からは想像できないが、創業開始は明治38年。初代は元々百姓であったが、当時最先端であったドイツの写真技術にビジネスチャンスを感じ学ぶことを決意。数年間の修行の後、広島に写真撮影の店を開業する。しかし、健康的な問題から現在の総社市に移転をしたのである。その後、二代目、三代目と続き、現在は四代目の中山社長が店の舵取りをしている。

店を引き継ごうと決意したのは20代前半。それ以前は、商業用広告のアシスタントカメラマンとして働いていた。しかし、ある日父の店に戻った際に、今にも潰れそうな店を見て、

「俺が立て直す」

と決意したと語る。しかしながら、それは経営者としての厳しい試練の始まりであった。

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引き継ぎを決意したものの、店の意思決定権を持っているのは父であり、提案を認めてもらうことはほぼなかった。

「いっそ店を辞めて、自分でやろうと何度も考えた。しかし、俺が諦めたら店は潰れる。今の店を築いた先代に顔が立たない。父が変わらないのであれば、自分が変わるまで」。

仕事をしながらバイトをして、貯まった資金でFAXなどの最新技術を自ら導入していった。ここまで、中山社長が頑張れたのは祖母のお陰だと語る。

「祖母は私の子守りをしている時、先代達が苦労して今の店を築き上げたという話をよくしてくれた。それを思い起こし絶対に存続させると心に誓った」。

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その後、大きなビジネス転換を図る。当時、写真の撮影・現像だけを行っていたが、デジタルカメラなどの技術革新や大型店舗の参入などの外部環境の変化に応じて、衣装の貸し出し、着付け、美容などを一貫して提供するサービスに拡張した。多くの同業他社の経営者は、急激な変化に適応できずに次々と衰退していった。しかし、中山社長は変化に対応できた。それは、必ず成功させるという非常に強い意思と、新しいことに取り組むコトへの躊躇がなかったからである。

結果、現在は「大型店舗に負けない日本一小さな写真館」として同業界に知られており、その経営方法や技術などを学びに同業者が視察に来るほどである。

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中山社長曰く、「自分が飯を食えたのは仕事があったから。だからこそ、常に仕事場と一緒に寝たいと思うぐらい非常に愛おしい存在」と。また、「もし私が昔に戻れたとしても、私はやはり経営者への道を歩みたい」と語っていた。

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